Discover 江戸史蹟散歩
 

 流山

  ○ 駒木諏訪神社
  ○ 浅間神社/富士塚



駒木諏訪神社 流山市駒木655
 開門時間:5:00-18:00(4-9月) 5:30-18:00(10-3月)
 コロナ対応で、開門時間は5:30-17:00に制限中
 
 うっそうとした森の中にある神社です。
 北村西望氏の作品が社務所及び境内に数多く置かれており、野外美術館の様相を呈しています。
 狛犬も多いです。
 

<参道入口>

 入口に、社号碑、一之鳥居、狛犬、神馬像。
 参道は「く」の字の鏡面の形に曲がっており、参道入口から社殿は見えません。

    

     
 

<神馬像>

 神馬像は、源義家による献馬の伝承に基いています。

     
 

<参道>

 参道を進み、鞍掛之松、二之鳥居、蕪村句碑、神橋、随神門(右大臣と左大臣)。
 

<源義家鞍掛松>(石碑)

 (説明板)
 「鞍掛之枩の碑に添えて
   九百年前 源 義家が後三年の役を終えて 神恩感謝の為に当神社に乗馬及び馬具を
  奉献した際に鞍を掛けた松は第一鳥居前を五十米程前方の豊四季字鞍掛 現集合住宅の県道沿いにあった
  古老によると 臥龍の形をした見事な巨松であった 明治初年の台風で古損した 
  字名はこの鞍掛の松に由来する
   因にこの地の前の県道を境に北側は字名を姫宮という もと当社の摂社姫宮神社の境内地であった 
  明治の中頃 神社は当境内にお遷しされた 社務所」

   
 

<二之鳥居>

  
 

<道問へば大根曳いて教けり 蕪村>

(説明板)
 「この句は蕪村がこの里近くで作ったと伝えられています
  そしてこの句が神社に献額されています そうすると蕪村が初冬の頃畑で
  大根ぬきをしているお百姓さんに「おすわさまはどちらですか」と問いかけたら
  その人はふり向き乍ら「あちらですよ」と教えられた時の句とも思われる」

   
 

<すわのもりは見てござる すわのもりは知ってござる すわのもりは守っていてござる>

 碑の説明板の他に、色々な説明板があります。
 「舟形手水」には枝が渡しています。
 社務所の手水鉢も枝だを渡していたので、何か意味があるのでしょう。

   
 

<神橋/山上憶良歌碑(百壱齢 西望書)>

 第二鳥居の先に「神橋」。かたわらに山上憶良の歌碑があります。

 「山上憶良
  銀も 金も 玉も 何せむに まされる宝 子にしかめやも
      百壱齢  西望書 」

 (説明板)
 「歌碑に寄せて
   銀も金も玉も何せんにまされる宝子にしかめやも
  万葉集の歌人山上憶良は「銀も金も宝玉も何としょうすぐれた宝は子に及ばない」
  子を思う親の心を表した名歌です 長崎平和像作者北村西望先生が当社のために
  百壱才の時に書いて下さったものです
  「子育ての神様でございます」お諏訪様に相応しい歌なので碑を建てました」

    
 

<隋神門>

 神橋を渡ると「狛犬」「隋神門」(右大臣・左大臣 雨宮敬子氏作)。
 門の右手に「御鎮座壱千二百年の碑」があります。

    

    
 

<参道 神門まで>

 右手に獅子と亀の像を見て、三之鳥居、神門。神門までも色々とあります。
 

<獅子と亀の像/三之鳥居>

    
 

<今日は/不欺己是誠言也>

 北村西望氏の書「今日は」を石碑に刻んでいます。
 社務所前にもありました。
 北村西望氏の白寿の時の「不欺己是誠言也」碑があります。

    
 

<明治天皇御製歌碑/その他>

   
 

<神門>

 「神門」の両側に江戸狛犬がいます。

     
 

<針つか/筆つか>

 神門右手にある「針つか」「筆つか」。詳細不明です。

   
 

<社殿>

 社殿前には北村西望氏作の狛犬がいます。
 北村西望氏が99歳の白寿記念で作った狛犬です。
 社殿内には黄金の狛犬がいます。

     

     

    
 

<道標>

 道標を3つ確認しました。

 ・天保13(1842)年 正面 諏訪大明神 右 右なりた ミち 左 ふせ ミち
  二の鳥居の先、右手にあります。

   
 

 ・天保7(1836)年 右 すハミち 左 のだミち

  
 

 ・安政6(1859)年 東 成田 諏訪 みち 南 ながれ山 西 はくち渡し ミち 

    
 

手水鉢>

 狛研の山田敏春さんが大工虎五郎の駒木諏訪神社の手水鉢奉納に言及していて、
 今回の参詣の目的が手水鉢です。

 新吉原の人々が文政12(1829)年に奉納した手水鉢で、大きく「新吉原」と刻まれています。
 屋号と名前が手水鉢の両側面にびっしりと刻まれ、一番最後に大工虎五郎の名前があります。
 大工虎五郎は、諏訪神社への奉納の7年後の天保7(1836)年、浅草神社に狛犬を奉納している1人です。

 諏訪神社隣接地は幕府の牧場で、馬が水を飲みに来て、水盤の端に蹄をかけたため、
 石が歪んでしまったと説明板。

     

     

    

    
 

<源義家献馬>

 北村西望氏の日展最後の出品作です。
 松に鞍が掛けられています。芸が細かいです。

    

   
 

<御神水>

 「新樹光あつめ澄みきる神の水/御神水讃歌/水をすくう少女の像/奥の井戸」

 御神水の周りには、碑など色々とあり、御神水の雰囲気を醸し出しています。

     

     

   
 

 「神垣の 杉のうつろの 真清水は つきぬ恵みの ためしなるらむ」

 (説明板)
 「江戸の文人 友田次寛は天保12年(1840)五月当神社に参拝
  その時の小金紀行に この御神水について詠んでいます
  神垣の 杉のうつろの 真清水は つきぬ恵みの ためしなるらむ
  この御神水の清らかな響は限りない恵みを今日に伝えています」
  (説明板では天保二年とありますが天保十二年の誤りと思います)

   
 

<水質検査結果書>

 ひょうたん型の容器も300円で売っています。
 水質検査結果書を掲示しています。
 平成24年6月1日採水。pH7.5。
 神水が鉱泉だったりするところもありますが、水質検査結果を見ると無味無臭の純粋においしい水です。

     
 

<七五三像/なごみ>

 雨宮敬子氏作。
 北村西望氏に師事した雨宮敬子氏(2019年7月逝去)の作品も多くあります。

   
 

<境内社>

 ここにも狛犬。3対います。

    

    
 

<姫宮神社 雷神社 招魂社 大鳥神社 恵比寿神社 国魂神社 天神社 稲荷神社>

     

     

   

     おすまし 田中昭                    金子篤司 土用干
        

   
 

<御輿庫>

  
 

<「寿」石>

 北村西望氏は、百点に及ぶ書や絵も献納されたとのこと。

 (説明石板)
 「由来
  我ガ國芸術界ノ第一人者デアリマス長崎ノ平和像作者 文化勲章ニ輝ク
  北村西望先生ハ 当境内ノ源義家像ヤ狛犬ヲ制作セラレ 又百点ニ及ブ
  書ヤ絵ヲ 献納ナサイマシタ
  其ノ中カラ「仁者寿」ノ「壽」ヲ巨石ニ刻ミ 崇敬者皆さまノ幸福ト
  長寿ヲ誠祷シマシタ
        施工 真壁山尾 藤田石材
         藤田 完・修司父子謹刻
    平成十三年四月二十三日
      宮司 九十叟古谷金祐謹誌
      禰宜    古谷和史謹書 」

   
 

<萬葉集歌碑>

 萬葉集歌碑がいろいろとありますが、一例です。
 「萬葉集 巻十三
  旅あきうどの妻
  つぎねふ 山城路を〜以下略
  平成八年 秋  鈴木弘深謹誌」

  
 

<社務所と手水>

    
 

<顕彰碑>

 宮司古谷金祐氏の顕彰碑です。

    
 

<曩の大戦(大東亜戦争)復員の碑>

 宮司古谷金祐氏の復員に当たっての種々が綴られています。

  
 

<和同開珎など>

     

  


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