妙雲禅尼と平貞能が、当初暮らしていたのが平洲(月夜川)で、近くの仏沢に釈迦如来を安置しました。
月夜川、仏沢のそれぞれに碑があります。
行淵(平貞能が修業した所)の元尾頭沢(元尾頭沢と今尾頭沢が合流し箒川となります)を渡り、
「熊出没注意」の掲示を横目に、チャリンチャリンと鈴を鳴らしながら、
三依塩原道(明治尾頭道、尾頭新道)(会津西街道の新道)を7〜8分ほどつづら折りを登ると、
月夜ヶ丘です。
月夜川(月夜ケ丘)に「妙雲禅尼縁由之地 月夜ヶ丘」碑があります。
月夜川ではなく月夜ヶ丘と刻まれています。
吐月山から月がのぼるのが見えることでしょう。
碑文には
「文治のはじめ、妙雲禅尼 仏沢に仮の草庵を結びし頃
この地に○て吐月峰に○の月を見て○今の妙雲寺の寺地を選んだと伝う」
「妙雲寺開創八百年慶讃建立」「昭和六十三年三月吉日」
(※読みとれない文字があり、申し訳ありません)
とあります。
釈迦ヶ岳の山頂の釈迦如来も「妙雲寺開創八百年を慶讃」して据えられています。
塩原温泉郷土史研究会によると
「平氏一行が入浴した温泉で、昭和五十年代頃まで岩から湯が湧き出ていた。」とあります。
辺りでどこか湯が湧いていた痕跡がないか見渡すと、
「縁の碑」の横に、源泉施設らしきものがあり、黒パイプが下に向かっています。
和楽遊苑の自家源泉「小滝源泉」は、自然湧出地を確認済なので、和楽遊苑の源泉ではありません。
栃の葉荘の自家源泉「やまもとの湯」も、玄関横が湧出地なので違います。
こたき館の自家源泉「山久小滝源泉」の湧出地は宿ですし、これまた違います。
まじま荘の自家源泉「真島源泉」とも違うでしょう。
素性が気になります。
上塩原では平安時代には平貞能一行が温泉に入っており、上塩原の温泉の歴史は意外に古そうです。
「源平和合の里」の石柱がありますが、平貞能一行が草庵を結んだ時には、
源頼政一族の武将がすでにいて、壇ノ浦の戦い以前に、
源氏と平氏が同時に存在していた里ということでしょう。
月夜ケ丘から仏沢を目指します。歩きだして5分ほどで、到着。
「妙雲禅尼 縁由之地 仏沢と仏岩 釈迦像安置岩の碑」があります。
碑文には「文治のはじめ、妙雲禅尼 このあたりに草庵を結び釈迦像を安置してこの名ありと伝う。」
平貞能一行が草庵を結んで、平重盛の持仏である釈迦如来立像を仮安置した場所が、
上塩原にあるのに驚き、感激します。
妙雲寺の歴史を残そうとするご活動に頭の下がる思いです。