ほっと湯WEB【神奈川】 川崎市 公衆浴場

 ○ 中島湯

 ○ 中島八幡神社
   ・正岡子規句碑

 ○ 稲毛神社
   ・正岡子規句碑
   ・芭蕉句碑

 ○ 旧六郷橋親柱稲毛公園



中島湯 川崎市川崎区中島2-7-13 044-245-8951 5:00-24:00 定休日:原則7のつく日
     
 旧中島村の地名から中島湯と命名しているかと思います。
 早朝5時開店の24時までの通し営業です。
 併設のコインランドリーも朝5時から営業です。

 下足箱は松竹鍵。
 券売機でチケットを購入し、フロントで下足札とロッカーの鍵を引き換えます。
 

<源泉名>

 源泉名「中島温泉」ナトリウム-塩化物冷鉱泉(低張性弱アルカリ性冷鉱泉)
 フロント上に掲示の分析書は昭和63年ですが、別表は令和元年の真新しいもの。
 令和元年の分析書は別表しか見あたらず残念。
 「加水、加温、ヘアキャッチャー使用、塩素」
 

<浴室>

 内湯のほか、半露天風呂(人工北投石)があります。
 内湯の天然温泉浴槽は、広めでぬるめで心地よい。
 浴槽の外から見ると真っ黒ですが、湯舟内、淡褐色で、手を湯底に沈めるとうっすら手の甲が見えます。
 腐植質8.0mgなのでもうちょっと黒いはずでしょうが、加水の影響でしょう。
 桶はケロリン。
 半露天風呂(人工北投石)は、塩素臭がします。

     

     

    



中島八幡神社 川崎市川崎区中島2-15-1

 中島湯の近く、中島村の鎮守として祀られてきた八幡神社へ、正岡子規の句碑を見に行く。
 八幡神社は稲毛神社の兼務社となっています。

    
 

<庚申堂>

   
 

<正岡子規句碑>

 「多摩川を汽車で通るや梨の花」
  明治25(1892)年春、大師に詣でた時に詠んだ句です。
 正岡子規没後百年を記念して建てられています(2002年)。

     

   
 

 他にも句を残しています。
  川崎や 畠は梨の かえり花
  行く秋に 梨並べたる 在所かな
  川崎や 梨を食い居る 旅の人
  川崎や 小店々々の 梨の山
  すずなりの 小梨に村の 曇り空
  麦荒れて 梨の花咲く 畠哉
  落第の 人を送るや 梨の花
  灯の映る 閨の小窓や 梨の花
  駅古りて 夜長の鶏の まばらなり

   
 

「三十六花撰 東都六郷梨子」

 六郷は梨の名所でした。

  



稲毛神社 川崎市川崎区宮本町7-7
 

<正岡子規没後100年記念句碑>

 「六郷の 橋まで来たり 春の風」

    

   
 

<河崎山王社>

 江戸名所図会に河崎山王社が描かれています。
 現在の稲毛神社の明治維新前の神社名です。
 参道、神木銀杏と、現在と同じ配置です。

  

     

    
 

<芭蕉句碑>

 秋十とせ 却って江戸を さす故郷 芭蕉
 芭蕉没後三百年 圓鍔 勝三書

  
 

<和嶋弁財天と曲水連歌碑>

 桜かげうつる和嶋の水の面は 音なき花の浪ぞよりくる
  弘化4(1848)年

 おのづから花の光し妙なれば 朧月夜もおもしろきかな
  岩田専永 年代不詳

    
 

<御神水吹上井戸石枠>

   



旧六郷橋親柱 川崎市川崎区宮本町7-8 稲毛公園内

   
 

「六郷蒸氣車鉄道之圖」(昇齋一景 明治4(1871)年)

 蒸気鉄道と渡し船の時代です。鉄橋を自転車で渡る人々も見えます。畑では大根を収穫しています。

    
 

東海道六郷渡風景」(五雲亭貞秀)

 14代将軍徳川家茂が京都から帰還して、六郷川(多摩川)の「六郷の渡し」を渡る光景が描かれています。
 供奉は3000人に及び、これだけの人数が渡っている光景は圧巻です。
 船に乗っている「御大将」と描かれた人物が将軍徳川家茂です。
 船に随伴する2隻の船には、多くの槍が立てられています。
 弓隊が陸を離れたところで、多くの鉄砲隊が船に乗り込もうとしています。
 鉄砲隊のうしろには、これまた多くの弓隊が見えます。
 将軍の白馬も行列に続いています。

    
 

「江戸名所図会 六郷渡場」

 手前が六郷で、向こう岸が川崎です。

  


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