近くにはヌーランド、照の湯があります。
マンション銭湯ですが、四角の煙突が高く、木の札の松竹錠、自販機なく入浴料は番台払い。
花が多い銭湯。脱衣場の床までピカピカ。
源泉名「第一相模湯」
真新しい分析書が掲示してありました。平成31年2月28日分析書。
成分総計1.776g 腐植質28mg。
以前の分析書(21.3.3)だと、腐植質が50mgありました。
知覚的試験は、引き続き、強黒褐色透明の表記で、手を沈めるとすぐに見えなくなる真っ黒。
「加温、循環装置を使用、塩素」
白湯、黒湯、高濃度炭酸泉があります。
黒湯は熱さ控えめで心地よい。
高濃度炭酸泉は、ブームになる前に導入しています。
最近の炭酸泉のように肌がアワアワになることはありませんが、汗だらだらで炭酸の威力を実感します。
浴室の壁画は、男湯が日光の竜龍頭の滝、女湯が自信はないけど日光の六方橋と直感したタイル絵。
昭和53年の創業以来、そのままだというから保存状態が良いです。
栃木の雰囲気を味わえました。
ホームページや日記が充実していて、店内はストリートビューで見ることができます。
脱衣所に撮影禁止の3枚の貼り紙があり、浴室内の画像はありません。
第一相模湯から多摩川土手へ西へ240mほど歩くと、古川薬師道道標があります。
第一相模湯の前の道が東海道から分岐してきた薬師道です。
薬師道は東海道から分岐して安養寺まで続いています。
(説明板)
「古川薬師道 道標
正面に薬師如来を表す種字を刻み、その下や左右側面の三面にも古川薬師への道を指示している。
延宝二年(一六七四)、東海道から多摩川道に入る分岐点に、江戸の有志の寄進より建てられたが、
のち古川薬師をまつる安養寺の門前に移された。
古川薬師は、古来信仰を集め、江戸時代には江戸近郊の行楽地になっていた。
区内に残る東海道の道筋に建てられた道標のうちの一基であり、江戸時代の交通史上、貴重である。
昭和五十年三月十九日 指定
大田区教育委員会」
道標の正面には、梵字と「古川 薬師如来江之道 六郷之内古川村 別当安養寺」と刻まれ、
両側面には「これよりふるかわやくしへのみち」と文字を変えて刻まれています。
(右面)「是より ふる川屋くし江のみち」
(左面)「これよ里 ふ類かわやくしへ乃ミち」
<安養寺>
本堂内左手に閻魔大王が祀られているようです。
「江戸東京四十四閻魔」の第二十一番です。
「江戸名所図会 古川薬師」有朋堂書店 大正11より引用
古川薬師は、「江戸名所図会」にも掲載されている江戸近郊の行楽地でした。