ほっと湯WEB【茨城】
 
 ひたちなか市 歴史スポット

  【阿字ヶ浦町】
  ○ 阿字ヶ浦駅
  ○ 堀出神社
  ○ ほしいも神社

  【磯崎町】
  ○ 比観亭跡
  ○ 酒列磯前神社
  ○ 磯埼灯台

  【平磯町】
  ○ くじらの大ちゃん

  【那珂湊】別頁


阿字ヶ浦駅  ひたちなか市阿字ケ浦町

 ひたちなか海浜鉄道湊線は、勝田駅と阿字ヶ浦駅を結ぶ10駅14.3kmの路線です。
 前身の湊鉄道は大正2年に勝田〜那珂湊間で運行開始。
 平成20年に第3セクターのひたちなか海浜鉄道となりました。
 

<阿字ヶ浦から2駅延伸へ 2024年春開業予定>

 終点の阿字ヶ浦駅から、国営ひたち海浜公園西口付近までの3.1kmの延伸を2021年1月15日国土交通省が許可、
 公園南口付近の途中駅と、公園西口に近い終点駅の2つの新駅が設置されます。2024年春開業予定。
 

<阿字ヶ浦駅>

  
 

<鉄道神社予定>

 阿字ヶ浦駅の保存車両を御神体とした鉄道神社が2021年5月開設予定です。

   
 

<隣の磯原駅の案内看板>

   


堀出神社  ひたちなか市阿字ヶ浦町178

 徳川光圀公が塚を掘り起こした際、御神体が出土されたことにより鎮座された比較的新しい神社です。
 社名は「掘って出た」ことにより堀出神社と命名されています。

    

    
 

<鎮め石>

  


ほしいも神社  ひたちなか市阿字ヶ浦町178

 堀出神社の境内に、令和元年「ほしいも神社」が建立されています。
 社紋は「干し」と「星」をかけ、星の中にシワをつけ「ほしいも」を表現しています。
 鳥居は「ほしいも色」の「黄金」です。

     
 

<ほしいも神社の由来>

  
 

<ほしいもの神様>

 小池吉兵衛翁とともに、宮崎利七翁、湯浅藤七翁、大和田熊太郎翁、白土松吉翁の5名を
 ほしいもの神様としてお祀りしています。
 干し芋の先駆者「小池吉兵衛公」の銅像も祀られています。

   
 

<小池吉兵衛公」の銅像>

 銅像は、ほしいも神社建立に伴い、堀出神社境内より、ほしいも神社に移設。

(碑文)
「干し芋創始者の一人 小池吉兵衛
 明治八年、前浜村(現 阿字ヶ浦町)に生まれる。
 早くから郷土産業の開発に尽力し、特に甘藷(サツマイモ)の 加工に着目。弟、大内地山の協力のもと率先して蒸切芋(干し芋)の製造を開発した。
 明治四十一年には静岡から講師を招いて技術力向上を図り、販路の開拓にも努めた。その結果、年間百万キロもの生産が実現し、郷土の一大産業となった。
 株式会社マルヒ初代社長黒澤一治は先祖である吉兵衛の功績を称え昭和三十二年九月、堀出神社に胸像を建立した。」

     

   
 

<陰陽の神木>

 樹齢三百八十年の御神木。
 自然にできた男性器そっくりの巨木・女性器の巨木、タブノキの御神木です。

   


比観亭跡 ひたちなか市磯崎町東の四4609

<比観亭跡>

 太平洋が一望できる高台です。
 水戸六代藩主「徳川治保公」がここからの景色を絶賛し、日除け所を建て「比観亭」と名付けました。

(説明板)
「 ひたちなか市指定史跡 比観亭跡
 寛政2年(1790年)11月、水戸藩第六代藩主徳川治保は、酒列磯前神社を訪れた際、見晴らしの良い小高い丘から
眼前に大洋を一望し、北に白砂青松の海辺を隔てて、はるか阿武隈の山地をみることがきでる景色に感動した。
 そこで治保公は、この地に「お日除け」(あずまや)を建てることとし、自身で9尺四面(約2.7m)の土地を画して建設を命じた。
 翌3年1月、寺社手代小川勘助、郡方手大久保常衛門らの立ち合いで建設がなされ、「比観亭」と名付けられた。屋根は草葺きであったという。比観亭に掲げられた扁額は、彰考館総裁立原翠軒が筆をとり、これを桜の板に彫刻したものである。現在、扁額は酒列磯前神社に保管されている。
    指定日 昭和43年1月16日
    設置者 ひたちなか市教育委員会 」

    

     
 

<大内地山先生碑>

 比観亭跡直下に「大内地山先生碑」があります。
 大内地山:1880(明治13)年〜1948(昭和23)年。
 大正から昭和時代前期にかけて活動した水戸学者、郷土史家、常総新聞記者。
 干し芋の神様として知られる小池吉兵衛は兄。阿字ヶ浦の堀出神社に吉兵衛の銅像があります。

  
 

<紀功碑>

 磯前新道紀功碑です。藤田健(藤田東湖の子)題額。
 新道(県道6号線)に面し、大内地山碑とともに建つ碑です。

  


酒列磯前神社  ひたちなか市磯崎町4607-2

 酒列磯前(さかつらいそさき)神社は斉衡3(856)年に創建。
 境内全体が茨城県の天然記念物に指定されています。
 

<案内図>

 案内図があり重宝します。

   
 

<酒列磯前神社の樹叢>

     

     
 

<海の見える鳥居>

   
 

<是与里みたらし道>

    
 

<境内社>

  
 

斉昭公お腰かけ石>

 徳川斉昭公が、ヤンサマチという競馬祭を見物する際に腰をかけたと言われる石です。

   
 

<幸運の亀>

 宝くじ高額当選者が亀の石像を奉納されました。

   
 

<磯崎種吉銅像>

     
 

<酒列磯前神社御緒記と酒列甚句>

   
 

<御碇2基>

 航海や漁の安全の為に奉納された「御碇」が2基あります。

  
 

<かわらけ祈願所>

 かわらけを投げ入れて割れると願いが叶うというものですが、使用されていないようです。
  
  
 

<神馬舎>

 お供えはニンジンはよく見るところですが、サツマイモは初めて見ました。

    
 

<神楽殿/神輿>

  
 

<磯のまちと岩の地図>

  
 

<鎮零社>

 日露戦争の戦没者をお祀りしています。

  
 

<拝殿/本殿>

    
 

<リスとぶどうの彫刻>

 日光東照宮の『眠り猫』を制作した左甚五郎の作と伝わっています。

  


磯埼灯台 ひたちなか市磯崎町4598-4

  


くじらの大ちゃん  ひたちなか市平磯町

 海岸沿いの県道6号は「大ちゃん通り」と呼ばれています。

    
 

<平磯鯨の由来>

   
 

<中村彝静養の地碑>

 画家「中村彝(つね)静養の地」碑があります。

    


戻る